2018年11月20日・21日、ワールドチョコレートマスターズ2018日本代表の垣本晃宏氏による凱旋講習会&大会報告会がチョコレートアカデミーセンター東京(バリーカレボージャパン株式会社)にて開催されました。
ワールドチョコレートマスターズ(以下WCM)は、フランスのチョコレートブランド「カカオバリー」の主催により3年に一度開催される製菓コンクール(過去大会では2年に一度の開催)。その大会名の通り、“チョコレート”に特化した技術・味覚・芸術性を競い合う大会であり、これまでに世界を代表する数々のパティシエやショコラティエを輩出。2005年に開催された第1回大会より年々スケールアップを重ね、今ではチョコレート製菓に携わる職人なら誰もが目標とする世界最高峰の舞台のひとつとなっています。 第7回目を迎えるWCM2018は、サロン・デュ・ショコラ・パリ内に設けられた特設会場にて10月31日から11月2日の3日間に渡り開催されました。WCM2018の大会テーマは「フュートロポリス(FUTROPOLIS)」。フュートロポリスとは「FUTURE(未来)」と「METROPOLIS(大都市)」を掛け合わせた造語で、様々な文化や種族が交じり合うことが予想される未来の巨大都市とチョコレートの関係性がテーマとなります。 世界20カ国から各国の代表に選ばれたファイナリスト達は、こちらのテーマよりインスピレーションを得て、3日間で7種類の競技を行いました。見事、WCM2018の称号を手中に収めたのはスイス代表のElias Laderach氏。日本代表の垣本氏は世界第4位と健闘。野菜やハーブを取り入れた垣本氏の作品は他国のファイナリスト達とは異なる独創的なアプローチであり、審査員より高い評価を得るに至りました。 そんな垣本氏を講師に迎えた今回の講習会では、WCM2018の競技で実際に制作した5種類の作品を披露。世界的な製菓コンクールで披露された作品のデモンストレーションを間近で見ることができるというのは非常に貴重な時間であり、WCM2018の雰囲気を体感できる講習会となりました。
大会1日目の競技となる“チョコレートのガトー・ド・ボワイヤージュ(Chocolate Travel Cake)”で披露された作品「ビルディング・ファーム(Building Farm)」。
“ガトー・ド・ボワイヤージュ”とはフランス語で“旅行用のお菓子”を意味しており、日持ちのする焼き菓子を総称する言葉です。垣本氏はこのガトー・ド・ボワイヤージュに対して、セロリのダックワーズとチョコレート生地をベースに、セロリのガナッシュ、パイナップルと柚子のジャム、プラリネを組み合わせた独創的な焼き菓子を考案しました。 ベースとなるセロリのダックワーズとチョコレート生地は、生地を2種類重ねた状態で焼成しています。焼成する際はWCM2018用に垣本氏が考案したオリジナルの型を使用。焼き上げた後に型から外すとドーナツ状の溝ができる設計になっており、この溝の中にパイナップルと柚子のジャムとプラリネを絞り入れています。 トップに配置されている緑色のパーツは、タンザニア75%(カカオバリー)とガーナ40%(カカオバリー)の2種類のチョコレートに、セロリピューレ、セロリパウダー、糖類などを乳化して仕込んだセロリのガナッシュ。セロリのようにクセの強い野菜やハーブとチョコレートの組み合わせは垣本氏の得意とするスタイル。しっかりとセロリの風味を感じさせながらも、チョコレートと一体感のある味わいに仕上げたガナッシュです。 ガナッシュまで重ねた後は、未来都市をイメージした飾り用チョコレートでケーキの周囲をぐるりと囲むようにデコレーション。“ガトー・ド・ボワイヤージュ”という性質上、持ち運びに耐えうる強度に仕上げる必要があるので、デコレーションはケーキと一体化したシンプルな飾りのみに止めています。 ベースとなるダックワーズとチョコレート生地は2種類重ねて焼成。型は垣本氏のオリジナル。
垣本氏が考案したオリジナルの型は焼き上げた後に型から外すとドーナツ状の溝ができる設計。
生地にできた溝の中にはパイナップルと柚子のジャムとプラリネを絞り入れています。
トップには2種類のチョコレートにセロリピューレなどを乳化したセロリのガナッシュを配置。
ケーキの周囲をぐるりと囲むように未来都市をイメージした飾り用チョコレートでデコレーション。
仕上げとしてケーキの内側と外側にグラッサージュを少量流して完成。
試食用の「ビルディング・ファーム」。セロリ特有の風味を感じさせながらもチョコレートと一体感のある味わい。
大会2日目の競技となる“チョコレート・スナック・トゥー・ゴー”で披露された作品「テマキ・スナック(Temaki Snack)」。
近年、需要が高まりつつある移動しながら食べられる“ストリートフード”にスポット当てたこちらの競技に対して、垣本氏は日本の“手巻き寿司”からインスピレーションを得た作品を考案。円錐形に焼き上げた海苔のコーンの中に、カスタードショコラ、ホワイトチョコレートのリゾット、フランボワーズソース、クレームショコラ、抹茶のエアリークリームを閉じ込めた、和テイストのスナックです。 様々なパーツを用いた本作品の中でも、特に苦労したと垣本氏が語るのが海苔のコーン。こちらのパーツは、水で溶いたもち粉を塗った海苔を円錐形に成形してから、オリーブオイルを吹き付けてオーブンで乾燥焼きしたもので、イメージとしては“オーブンで揚げる海苔の天ぷら”とのこと。限られた時間とスペースで作業を行わなければならないという競技ルール上、どうしたら揚げ油を使わずに揚げ物を作ることができるのか熟慮した中で誕生したレシピです。 また、こちらの競技では会場内で作品を仕上げる以外にも、1分間のPV(プロモーションビデオ)を事前に制作するという課題が課せられていました。このPVは大会を盛り上げる演出の一貫であり、PV自体による加点はありませんでしたが、作品のこだわりや特色などを映像内に収めることができる為、作品のアピール手段としても有効。垣本氏の制作したPVは、日本らしい街並みに浴衣姿の女性が登場する和の雰囲気を感じさせる内容となっており、和のテイストに仕上げた作品のイメージとリンクする映像となっていました。 本作品の器となる海苔のコーン。イメージとしては“オーブンで揚げる海苔の天ぷら”。
海苔のコーンの中には抹茶のエアリークリームやクレームショコラなど複数のパーツを絞り入れています。
仕上げとしてフレッシュのフランボワーズと抹茶のビスキュイジョコンドを飾り付けて完成。
日本の“手巻き寿司”からインスピレーションを得た「テマキ・スナック」。和テイストのスナック。
こちらは本作品のPV。日本らしい街並みに浴衣姿の女性が登場する和の雰囲気を感じさせる映像。
前作品と同じく大会2日目の競技となる“オールノワール「フュートロポリス」(タブレット)”で披露された作品「パーソナリテ(PERSONNALITE)」。
こちらの競技は、カカオバリーのカスタムメイドチョコレート“オールノワール”を各選手がそれぞれ事前に作成し、そのオリジナルのオールノワールを使用してタブレットチョコレートを作成するというもの。垣本氏が作成したオールノワールは、マダガスカル、ベネズエラ、ベトナム、ガーナのカカオ豆をブレンドしたカカオ分47.2%のハイカカオミルクチョコレート。こちらのチョコレートを使用して、パプリカのガナッシュと食感のアクセントとなるクリスピーをセンターに配置した2層のタブレットチョコレートに仕上げています。 センターに配置しているパプリカのガナッシュは、垣本氏が得意とする野菜を用いたガナッシュです。レシピにはパプリカピューレと共にグレープフルーツピューレと白ワインが配合されており、上品で豊かな香りが特徴となります。 独創的なタブレットの形状は、ピエスモンテで作成した女性の横顔がモチーフ。唇の箇所のみ赤く色付けることで女性の艶やかな雰囲気を演出しており、垣本氏の芸術性の高さが伺えます。 会場であるチョコレートアカデミーセンター東京の尾形剛平氏がオールノワールについて解説。
垣本氏がレシピを作成したオールノワール。カカオ分47.2%のハイカカオミルクチョコレート。
独創的なタブレットの形状はピエスモンテで作成した女性の横顔がモチーフ。
垣本氏のオールノワールにパプリカを組み合わせた作品。上品で豊かな香りが特徴。
こちらも前2作品と同じく、大会2日目の競技となる“型抜きボンボンショコラ”で披露された作品「ハイブリット(Hybrid)」。
ボンボンのセンターは4層のパーツで構成。パーツは一番下からクリスピー、ガナッシュフレーズ、ガナッシュキャラメル、コンフィチュールフレーズの順に配置されています。美しい曲線が印象的なボンボンの形状は、未来の建物をイメージしています。 センターに配置されているガナッシュキャラメルは、ゼフィールキャラメル35%(カカオバリー)とバニラの香りをアンフュゼした生クリームを乳化したものに、山椒パウダーと自家製の山椒オイルを加えて仕込みます。垣本氏が自身の店を構える京都の食文化と関わりの深い山椒の香りを巧みに取り入れたガナッシュで、この作品でも他の競技者とは異なるアプローチで味を構成しています。 こちらの競技は型抜きボンボンショコラということで、ボンボンのシェル作りから作業を行いますが、垣本氏はちょっとした工夫を凝らして型離れの良いシェルを作成しています。その工夫というのが、“型を逆さ”にしてシェルのチョコレートを結晶化させるというもの。この手順を踏むことで型の“フチ”のチョコレートが微量ながら厚くなる為、結晶化した際の縮みが大きくなり、結果として型離れの良いシェルに仕上がります。 当日のデモンストレーションでも実際にこの手順で作成したシェルを使ってボンボンを仕込みましたが、型の裏面を三角パレットで一叩きするだけでパラパラときれいにボンボンが外れていました。型離れの良し悪しは競技の加点には直接結びつかないかもしれませんが、審査員に与える印象は変わってくるもの。コンクールへの出場経験と合わせて、審査員としての経験も豊富な垣本氏ならではの配慮と言えるでしょう。 型抜きボンボンショコラということで、まずは着色したカカオバターで型の色付けを行います。
型に色が定着した後はチョコレートを流してシェルを作成。型の温度にも気を付けて作業。
シェルのチョコレートは型を逆さにした状態で結晶化。型離れの良いシェルに仕上がります。
ボンボンショコラのセンターはガナッシュやコンフィチュールなど4層のパーツで構成。
完成したボンボンショコラは型の裏面を三角パレットで一叩きするだけできれいに外れます。
山椒の香りを巧みに取り入れたボンボンショコラ「ハイブリット」。形状は未来の建物をイメージ。
大会3日目の競技となる“フュートロポリスのフレッシュ・パティスリー”で披露された作品「スカイ・ガーデン(Sky Garden)」。
こちらの“フレッシュ・パティスリー”という競技は、会場内に設置されたマルシェに並べられているフレッシュの果物や野菜を使用して、オリジナルのパティスリーを一から作り上げるという珍しいコンセプトの競技です。フレッシュにこだわった競技の為、仕込んだパーツを冷凍することは不可。各選手たちは非常に難しい条件の中で作業を行わなければならず、レベルの高い技術とレシピ構成が必要となります。そんな競技に対して、垣本氏はなんと10種類以上ものパーツで構成された作品を考案しました。 作品の器となるのは、シェルショコラ、カスタードショコラ、ムースショコラ、グラッサージュを4層に重ねたもの。小さな球体状に膨らませたバルーンを使い、各パーツを順番にトランペして冷やし固まったところでバルーンを割って取り出して器の形に成形しています。このような特殊な作業を行って自分のテクニックを審査員にアピールすることが「コンクールで加点を狙う為には必須。」と垣本氏は解説。世界的なコンクールで結果を残すには、審査員との駆け引きも重要なポイントとなります。 この器の中には、ムースショコラ、ビスキュイジョコンド、ローズマリーのガナッシュ、ローズマリーのエアリークリーム、グレープフルーツのソース、グレープフルーツのガルニチュールが詰められています。ガナッシュとクリームにはどちらもローズマリーが使用されており、チョコレートの味わいとグレープフルーツのフレッシュ感と共に、ローズマリーの爽やかな香りをプラス。ハーブの香りを巧みに利用して各パーツをまとめ上げています。 仕上げとして器の上部に葉っぱを模った飾り用チョコレートを乗せてからフレッシュのディルを散らして完成。これだけのパーツを限られた競技時間内で一から仕込んでモンタージュまで行うのですから、その苦労は計り知れません。垣本氏も「この競技が一番大変だった。」と当日を振り返っていました。 まずは作品の器作りから作業スタート。球体状のバルーンに4種類のパーツを順々にトランペ。
4種類のパーツを重ねた後はサブレ生地の上に乗せてから中のバルーンを割って取り出します。
器の中にはムースショコラやローズマリーのガナッシュなど6種類のパーツが詰められています。
仕上げとして飾り用チョコレートを乗せてからフレッシュのディルを散らして完成。
フレッシュの果物や野菜を使用して一から作り上げたパティスリー「スカイ・ガーデン」。
時間の都合によりデモンストレーションは行われませんでしたが、会場内には大会1日目に競技が行われたピエスモンテのレプリカが展示されていました。
「未来の都市では、収穫までの期間が長く広いスペースを必要とする果物より、短期間でコンパクトに栽培できる野菜の需要が高まるのではないか。」という考えをもとに、アーティチョークやアスパラガスなどの野菜に囲まれた美しい女性の姿をチョコレートで表現しています。写真では伝わりにくいかもしれませんが、実物のサイズは非常に大きくかなりの迫力があります。大会1日目は、このピエスモンテとガトー・ド・ボワイヤージュを並行して制作しなければならない為、時間の使い方にはかなり苦労したことでしょう。 そんな垣本氏がWCM2018で好成績を収めることができた要因の一つとなるのが“豊富な練習量”です。垣本氏はWCM2018に限らず、コンクールに出場する際は通し練習を“最低でも7回以上”行ってから本戦に臨んでいます。「コンクールというのはトラブルの発生がつきもの。7回以上も通し練習を行えば必ず何らかのトラブルが発生するので、練習段階で対策を考える。」と垣本氏は語ります。 「フュートロポリタン」というテーマを野菜に囲まれた美しい女性の姿で表現したピエスモンテ。
女性の周りにはアーティチョークやアスパラガスなどの野菜を模ったパーツが並べられています。
高らかと左手に掲げているのは赤く色付いたカカオポッド。女性の姿と合わせて神秘的な印象。
実物はかなりの迫力。大会1日目はこのピエスモンテとガトー・ド・ボワイヤージュを並行して作成。
以上で、WCM 2018日本代表の垣本晃宏氏による凱旋講習会&大会報告会は終了となりました。2017年に自身の店をオープンし、パティシエ・ショコラティエとしての業務はもちろん、オーナーとしても多数の業務をこなす多忙な日々の中、努力を惜しまずにWCM2018に情熱を注いだ垣本氏の姿には非常に感慨深いものがあります。
次回のWCMは3年後の2021年に開催。次の大会では、どんなパティシエ・ショコラティエが日本代表として世界の舞台で活躍するのか、今から期待に胸が高鳴ります。 垣本晃宏氏
1970年生まれ。「京都ロイヤルホテル」にて料理シェフとして勤めた後、パティシエに転身。「神戸菓子Sパトリー」スーシェフ、「アトリエ・アルション」シェフ・パティシエ、「サロンドロワイヤル京都」シェフ・ショコラティエを経て、2017年に自身がオーナーシェフを務める「ASSEMBLAGES KAKIMOTO(アッサンブラージュ カキモト)」を京都にオープン。製菓コンクールでも数々の受賞歴を誇る。2013年「ワールドチョコレートマスターズ2013」に日本代表として出場し世界第4位に入賞。5年後の「ワールドチョコレートマスターズ2018」にも2度目の日本代表として出場。前回に引き続き世界第4位の好成績を収める。
ワールドチョコレートマスターズ
ワールドチョコレートマスターズ(WCM)は、バリーカレボー社のフランスのチョコレートブランド「カカオバリー」が主催する、チョコレートに特化した技術・味覚・芸術性を競い合う、唯一にして世界最高峰の製菓コンクール。世界中のパティシエやショコラティエが目標としている大会。
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